ケガキ法によるプリント基板作成の実験


はじめに

電子工作をする時,普段はユニバーサル基板を使っています.しかし最近チップ部品が増えてきているので,プリント基板を使いたいと思うことが多くなってきました.特に0.5mmピッチのICなどはユニバーサル基板で扱うのは困難です.趣味の電子工作のためのプリント基板の作成法はいくつかありますが,細かいピッチのプリント基板を安く簡単に作るのは容易ではなさそうでした.そこで,0.5mmピッチのICを扱うことを目標に,「ケガキ」によりプリント基板を作成する方法を試してみました.

プリント基板の作成法

プリント基板を自作する方法は以下のようなものがあります:

1.切削による方法

生基板の表面の銅を物理的に直接削り取る方法です.エッチングを必要とせず環境に優しいですが,微細な加工を行うための工具が必要になります.

手彫り法
彫刻刀などを使って手で生基板を削っていく方法です.
FCZ研究所発行の雑誌CirQ 014号ではビュランという銅版画用の彫刻刀を使う方法が紹介されており,またエレキジャックのページではアクリル板用カッター(Pカッター)を使う方法が紹介されています.手彫りではないですが,ミニルーターを使う方法もLow Cost SMD Soldering Guideという記事で紹介されています.これらの方法はとても手軽にプリント基板を作ることができますが,手作業なのであまり細かいパターンや複雑なパターンの作成には向いていないと思われます.
CNCフライス法
数値制御のフライス盤により,回転する工具で基板表面の銅を削っていく方法です.
CADで設計した結果を直接CNCフライス盤へ送り自動的に加工を行うことができて,また穴あけも自動化することができます.いくつか製品があるようですが,素人が趣味のために買うには高価そうです.自作の例も色々とあるようです.この方法は,CNCフライス盤さえ用意できれば理想的な方法に見えましたが,微細な加工を行うのは簡単ではないかもしれません.細いパターンを削るには,それだけ細い径の工具が必要になりますが,精密な工具はそれなりに高価でまた折れやすくなります.折れなかったとしても,プリント基板作成の場合はガラスエポキシの母材を若干削るので工具の寿命が心配です.
(2020.11追記) 最近は安価にCNCルーターやVカッターが入手できるようになったのでこの方法を使うようになりました
放電加工法
高い電圧をかけて放電を発生させることにより生基板表面の銅箔を除去していく方法です.EDM (Electrical Discharge Machining)とも呼ばれます.
使用する電極によりかなり細かい加工ができるようですが,水などに漬けて作業する必要があったり,後で加工する場所が電気的に孤立しないように加工順序を考慮する必要があるなど面倒な点があります.いくつかの実験がWeb上で見つかりますが,実用化した事例はほとんどないようです.

2.エッチングによる方法

塩化第二鉄溶液等のエッチング液を使用して,生基板上の不必要な銅を溶かす方法です.パターンとして残したい部分の銅はレジストにより保護しておきます.エッチング液を使って作業するという手間がかかりますが,精度よくレジストを形成できれば細かいパターンの基板が作れます.

手書きレジスト法
耐酸性のレジストペンを使い,生基板に直接パターンを描いていく方法です.マスキングテープのような耐酸性のテープやランド用のレタリングシートもあります.
手作業なのであまり細かいパターンの作成には向いていないと思われます.
フォトエッチング法
パターンが印刷されたマスクで感光剤が塗られた基板を露光して,レジストを形成する方法です.
プリント基板の自作方法としてメジャーな方法だと思われます.この方法の利点は,細かいパターンでもプリンターを使って精密な露光用のマスクを作成できる点だと思います.問題点としては,感光とエッチングという2つの手間が必要になることと,生基板よりも高価な感光基板を使う必要があることです.生基板に感光剤を塗布したりドライフィルムと呼ばれるものを張り付けて,感光基板を自作している人もいるようです.昔は露光用のマスクが付録に付いてきた雑誌もありました.
トナー転写法
レーザープリンターで基板パターンを紙などに印刷し,そのトナーを熱などで生基板の表面に移すことでレジストを形成する方法です.
検索すると色々なページが見つかりますが,転写に使う紙の選び方や転写時の熱の加え方にコツが必要なようです.歩留まりがどのくらいか分かりませんが,うまくできれば非常に手軽な方法だと思います.ただしレーザープリンタが必要です.
ダイレクトプリント法
インクジェットプリンターを使い,インクを直接生基板に印刷してレジストを形成する方法です.こちらのページなどで紹介されています.
極めて精密な制御が可能なプリンターのヘッドで直接印字するので微細な加工ができそうですが,あまり成功事例の報告は見つかりません.プリンターの改造が必要だったり,耐酸性の顔料系インクを使う必要があったり,印刷後に基板を焼いてインクを定着させる必要があったりと,色々なノウハウが必要で簡単ではないようです.
レーザー彫刻法
レーザー彫刻機を使いあらかじめ生基板上に塗布しておいた塗料を焼いて除去し,エッチングによりその箇所の銅箔を溶かす方法です.
最近安価に入手できるようになった低出力のレーザー彫刻機を使ってかなり細かい加工が行えるようです.

ケガキ法によるプリント基板の作成

ここでは,「ケガキ」によりプリント基板を作る方法を試みます.
この方法は,上の分類ではエッチングによる方法に入ります.あらかじめ耐酸性の塗料を生基板の全体に塗っておき,それを針等のとがったものでけずりとることで不要な部分のレジストを除去し,その部分だけ銅箔が溶けるようにします.CNCのフライス盤を使いケガキを行います.
この方法は針を使って加工するので,かなり細かいパターンも作成できると思われます.上記の他の方法と比べると,この方法では銅を取り除く部分を線でしか表現できずその幅をコントロールできないので,任意の模様を表現できるわけではありません.ただし,通常のロジック回路などでは線による表現だけで回路の実現に必要なトポロジーは表現でき,また溶かす銅が少ないのでエッチング液が長持ちするという利点はあるかと思います.
CNCフライスで直接切削する方法と比べて,必要な工具はケガキに使う針なので,研ぐのも自作するのも容易です.また,銅やガラエポを削る必要はなく銅箔の上にのった塗料だけをはがせばよいので,強度もそれほど必要ではないと思います.

実験

ケガキ法によるプリント基板の作成が可能かどうか調べるために実験を行いました.

はじめに,レジスト用の塗料に何を使うかが問題になります.ケガキ針で簡単に剥がせて,かつエッチング液に耐えられる耐酸性がなければなりません.
ケガキといえば青ニス,ということでまず青ニスを使ってみました.使用したのはスプレータイプのもので,大きめのホームセンターで売っていたものです.比較的早く乾燥し,パーツクリーナーで容易に落とすことができました.
もともとケガキ用の塗料なので,ケガキ針できれいにはがせる点は問題ありませんでした.
しかしながらエッチング液に対する耐酸性が不十分で,不要な銅箔が溶けるまでエッチング液に漬けておくと必要な部分の銅箔も所々微細なピンホールが空いていたり,パターンの幅が細くなりすぎて切れてしまったりとうまくいきませんでした.
次に試したのは銅版画のエッチングで使用される黒ニス(裏止めニス)です.こちらは,エッチング時の銅版保護用のものなので耐酸性は期待できます.大きめの画材店で売られていました.
青ニスと名前は似ていますが,成分は大きく違うらしく,非常に体に悪そうな臭いがします.乾燥は多少時間がかかりますが,パーツクリーナできれいに落とせました.
試してみたところ,ケガキ針によるケガキもきれいにでき,またエッチング液に長めに浸しても必要な箇所のパターンは溶けませんでした.
以上の結果から,黒ニスを使うことにしました.
なお,レジスト用の塗料を塗る前に,生基板をまずパーツクリーナーで洗い,その後クレンザーで磨き,さらに塩酸を含んだ洗剤「サンポール」で洗っています.
青ニスと黒ニス 青ニスと黒ニス

ケガキ針は,焼き入れしたものや超硬のものなど色々と市販されていますが,フライス盤への固定のしやすさを考えて折れたエンドミルから自作しました.
折れた1mmのハイスエンドミルを,先端をガスコンロで焼きなました後,ミニルーターに取り付けて回転させながらダイヤモンドカッターに押し当てて先を尖らせました.
ケガキ針 ケガキ針

テスト用にGコードを作成し,CNCフライスでケガいた後エッチングしました(Gコード1Gコード2).
ケガキ針には適当な押し付ける力を加えたかったのですが,ケガキ針の方を加工するのは面倒だったので,基板を厚めのクッション材の両面テープでテーブルに固定し,ケガキを行う際はケガキ針を基板の表面から0.3mm下げました.ただしこの方法だと,Z方向だけではなくXやY方向にもずれてしまう可能性があるかもしれません.
気温が33度ほどあったので,室温で30分ほどエッチング液に浸しておきました.
下の写真がケガキ後とエッチング後の基板です(古い生基板だったので少し汚いです).
上の方のパターンは,上と左から0.1mm,0.2mm,0.3mm・・・と0.1mmずつ間隔を増やしながら線を引いています.左下のパターンは,0.3mmの間隔で5本の逆L字の線を引いています.
まだ自作のCNCフライス盤が完成したばかりで調整が不十分なためか,ケガキの精度がいまいちでした.0.1mm間隔は全く残っていません.0.3mm間隔も無理なようです.左下のパターンの横線が等間隔になっていません.両面テープのせいかもしれませんが,上のパターンも線がゆがんでいて,線の間隔は信頼できません.
0.5mmの間隔であれば大丈夫かもしれませんが,線の間を溶かしきれていない箇所があります.
ケガキ後の基板  ケガキ後の基板  エッチング後の基板 エッチング後の基板

フライス盤を調整後,別のGコードを作成して実験してみました.今度は,全ての線の間隔0.5mmとしています(Gコード1Gコード2).
クッション材の両面テープで固定しましたが,ケガキの際のZ軸の位置は表面から-0.1mmとしました.
ケガいた結果は,Y軸は間隔が揃っていますが,X軸は不揃いです.これは,CNCのステッピングモーターの取り付けに問題があり,モーターの芯がずれてテーブルの動きが少しおかしいのが原因だと思います.
湯煎で35分ほどエッチングしましたが,ちょっと時間が長すぎたようでした.
ちなみに,ケガキに少し失敗した場合は油性ペンで修正できます.また両面基板で片面はベタアースで残す場合など広い範囲をエッチングしたく無い場合は,ガムテープを張っておけばエッチング液から保護できます.
0.5mmピッチのプリント基板ならば,この方法で作れそうな感じです.
ケガキ後の基板2 ケガキ後の基板2  エッチング後の基板2 エッチング後の基板

実際のプリント基板の作成

実際に工作で使うためのプリント基板を作成してみました.ステップアッテネータ用の基板です.
回路が単純なため,基板のパターンも単純な線だけで構成されます.geda-pcb(pcb.sourceforge.net)というソフトで作図して,自作のスクリプトでGコードに変換しました.
geda-pcbは本来は回路基板CADですが,ここでは回路基板CADとしてではなく単に線を描くためのソフトとして使っています.つまり,本来は導通させる箇所を線で結んでいきますが,ここではエッチングして絶縁する箇所を線で描くような使い方をしています.
生成するGコードは,ケガキ用,ドリル穴位置ケガキ用,ドリル穴あけ用の3種類があります.フライス盤にまずケガキ針をセットして,ケガキ用Gコードとドリル穴位置ケガキ用Gコードを連続して実行してケガキを行い,エッチングをした後,フライス盤にドリルをセットしてドリル穴あけ用Gコードで穴をあけます.
実際に作成した基板が下の写真です.
実際に作成した基板 実際に作成した基板
エッチング後にドリルで穴あけする際,正確な位置に固定することができずドリル穴がずれてしまいました.
両面基板を使う場合も位置合わせが重要になってくるので,簡単に位置を合わせられるような治具をそのうち作りたいと思います.
また,この基板をケガく時はZ軸は-0.1mmだとケガけないところがあったので,-0.2mmにしています.クッション材の両面テープだと基板の平面度が出にくいかと考え,もっと基材の薄い両面テープを試してみましたが,粘着力が弱くケガき中にはがれて失敗してしまったので,結局クッション材の両面テープを使用しました.
使用したドリルは0.9mmの超硬ですが,17,000回転/分で1mm/secでZ軸を降ろして穴をあけて問題ありませんでした.
参考までに,この基板作成に使用したgeda-pcbのデータと変換用スクリプトを置いておきます.geda-pcbをインストールして"make"を実行すれば,下記の3つのGコードファイルができます:

Gコード生成用スクリプトとサンプルデータ

実際のプリント基板の作成(2)

スプリングをチャックの内部に入れてケガキ針に適度に圧力が加わるように改良しました.これにより,Z軸の調整はかなりラフでもいけるようになりました.

作成した基板の例1 作成した基板の例1 作成した基板の例2 作成した基板の例2


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T. Nakagawa